お前騒動で露呈した与田剛の“監督としての器”

中日 コラム

中日の公式応援団が応援歌「サウスポー」の使用を自粛すると発表した問題が波紋を呼んでいるが、当の与田監督のその後の発言を見ているとまるで他人事のようで、人気球団の監督としての資質に疑問を感じざるを得ない。

問題の発端は中日・与田監督が応援歌の「お前が打たなきゃ誰が打つ」の「お前」という言葉を疑問視し、球団を通じて応援団に歌詞の変更を要請した事だ。球団の許可を得て球場に出入りする公式応援団にとっては球団の「要請」は「命令」と同義だ。是も非もなく受け入れるしかない。結局、シーズン中の急な変更は無理という事でサウスポーの使用自粛という結論に至った。

だが、球団の支配が及ばない世論は一斉に反発した。「お前」という言葉は他球団の応援でも多用されている事からも分かるように、与田監督や中日球団が主張するような選手を軽んじる意味ではなく、ファンの親しみを込めた表現である事を一般のファンは感じているからこその反発だろう。この問題は野球メディアだけでなくワイドショーなどで連日取り上げられる騒ぎにまで発展した。

与田監督は当初、小学生も来るスタンドで選手をお前呼ばわりすることが「教育上好ましくない」と主張したが、こうした世論の反応を見て「お前を使うなとは言ってない。選手の名前を呼んで欲しいだけ」と微妙に軌道修正。さらに、「不本意な方向に行っている。もめさせたい人がそういうふうに持っていくんだろうけど。僕と会話していない人が、いろんなところでいろんな話をするのが一番怖い」などとボヤいている。

しかし、である。中日という人気球団の人気応援歌にメスを入れれば世間の注目を集める事は容易に想像できる話だ。世論の反応を全く予見せずに、きちんとした理論武装もないままに歌詞の変更要請をしたのだとすれば、唖然とするほかない。その後の対応も、過剰反応する側が悪いと言わんばかりで当事者意識に欠けているとしか言いようがない。

与田監督の先見性に疑問を感じたのはこの件だけではない。今年3月、制球に不安がある阪神の藤浪晋太郎が先発したオープン戦で1番から9番まで全員左打者を並べるオーダーを組み、「選手を守るため」などと公言した。その前の対戦時の抜け球を指して「避けなければ阿部は死んでいた」とも語った。異様な打線で“晒し者”となった藤浪はこの試合で四死球を連発し、試合後に自ら無期限の二軍調整を志願した。ライバル球団の有望な投手を潰す目的であったなら成功と言える心理作戦だが、NPB有数の大器と誰もが認める人気選手を必要以上に傷つける事が日本のプロ野球にとってどうなのかという視点はあったのだろうか。中日より前に藤浪と対戦したソフトバンクも右打者を打席に立たせなかったが、その理由は「たまたまそうなっただけ」と説明、藤浪のメンツに配慮している。

また、この件では藤浪だけでなく、中日ベンチ内でも犠牲者が出た。オール左打線を組むために二軍から召集された藤井がその処遇に不満を漏らした事を与田監督は“造反”と受け取り、6月まで二軍に塩漬けにした。監督に詫びを入れて一軍に復帰したと言われる藤井はスタメンや代打で打率.276となかなかの活躍を見せている。自チームの貴重な戦力を一定期間無力化するという事態は、将として避けるべきことだったはずだ。

「お前」問題にせよ藤浪関係の言動にせよ、与田監督自身が選手やファンの心の動きを予想し、ケアする事を怠ったために「不本意な方向」へと発展したと言えるだろう。だが、相手の心理を読み、結果を予見しながら打つべき手を打つのが監督に求められる資質である。“お前問題”浮上後に続いた連敗をストップした7日の試合後、先発で9勝目を挙げた柳はお立ち台から「最近、いろいろあると思うんですけど、また、今日の勝ちをきっかけに、チームとファンのみなさん一つになって頑張りましょう!」とスタンドに呼び掛けた。対照的に与田監督はこの日、監督インタビューで「とにかく勝つこと、それだけに集中して、選手が活躍できるように起用していかなければいけない。それだけ」と、自ら種をまいた騒動には触れなかった。世論やワイドショーに戸惑い、問題に背を向けて事態の鎮静化を待つのではなく、与田監督自身が主導的に事態の収拾を図ることこそが、自らの監督の資質を証明する事になるのではないか。

関連記事