ロッテ福浦和也【引退2019】

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地元・千葉県の習志野高出身の福浦和也は投手として1993年のドラフト7位でロッテに入団した。その年のドラフトで最後に指名されたが、同期入団の選手では、一番最後まで現役を続けた。

入団して早々に肩を痛めたが、練習でのフリー打撃を首脳陣が見ており、内野手に転向した。幕張の安打製造機と言われた打撃ではミート力とバットコントロールに優れ、通算2000安打。2001年には首位打者を獲得した。

通算本塁打は118だが、フリー打撃は名人芸。柵越えを連発した。元来、細身だったという。筋力トレーニングで鍛えて、身体を作り上げた。夜中でも本拠地のZOZOマリンスタジアムの鍵を守衛に開けてもらい、トレーニングに打ち込んで、プロで通用するパワーを身につけた。

試合前は全体練習の何時間も前に球場へ入り、風呂で身体を温めてから、ストレッチでほぐす。入念な準備で故障を防いだ。

一歳違いの里崎智也氏が振り返っている。福浦はキャンプでは誰より遅くまで練習していたと。2人で打撃投手の球をバックスクリーン目掛けて打ち込み、本数を競った。「正しいフォーム、正しいポイントで打たないと入らない。福浦さんは左打者だが、鏡のようにしてフォームを参考にした」

一塁の守備では、巧みなグラブ捌きとキャッチングに定評があり、ゴールデングラブ賞を3度受賞した。05年、10年の日本一に貢献した今江敏晃、西岡剛がレギュラーに定着出来たのは、福浦のキャッチングが優れており、安心してスローイングできたからでもある。

二軍ヘッド兼打撃コーチとして、後進を指導する。攻守に培った技術に、トレーニングを含めた野球への姿勢。伝えて欲しいことは多い。地元・千葉の英雄でもあり、将来の監督候補だ。ファンは指導者・福浦の歩みも楽しみにしている。

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